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霧の中から
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6月19日  思い煩うことなかれ
今日ビジターセンターで霧ヶ峰インタープリターの研修がありました。

ガイドウォークのお客様とどのように時間を共有できたらいいか、霧ケ峰の歴史文化への関心など色々な意見を交換しながらの一時間。

その中でキジの親子について研修生のTさんからのお話が印象的でした。

「木道を親鳥が横切ったあと、幼鳥が一生懸命たどり着くまでの間親鳥はただじっと待っている。
人間だったら抱っこしてあげたり積極的に安全を確保するけれど自然はもっとなすがまま。
その中で彼らは本当にその場その場を懸命に生きていて、その姿にとても心を動かされるんです・・・。」

ちょうど昨日読んだ本に正宗白鳥という人が戦後まもなく書いた文章が載っていました。

「人間は明日の心配や周囲の人々との関係に日々奮闘し、また年をとると死後現世に何を残すべきかなどを考える。しかし、自分の飼っている山羊はただ毎日草を食むだけだ。本当に絶えず食っている。私が最も痛切に感じているのは、彼らが明日の食糧の欠乏を気遣っていない事である。私自身が、冬枯れの光景の出現するのを山羊のために悲しんでいるのに、彼ら自身はそういうことには無頓着で「明日のことを思い煩うことなかれ」という聖書の教訓を無意識に守っているのである。また同類の他の山羊と何の関わりもないのに私は心を惹かれている。孤独で生き孤独に楽しんでいるのである。冬になって草が減ってきても、自分が明日屠殺される運命にあるとしても、そんなことは夢にもないらしく、悠然として乏しい草を食ってその日を楽しんでいる。」

かなり端折ってますが・・・。  
正宗白鳥は決して自分を他人の傍観者として見るのではなく、一人間として季節に一喜一憂し、生に執着し、食べること、生きること、人付合いなどに右往左往する自己を冷静に捉えています。それを人間らしさとして自覚し、でも一方で心の煩いなど感じられない「山羊のような生き方」にどこか憧れを持ってこんな文章を書いたのでしょうか。

この文を読んだことと、今日Tさんがお話してくださったことからは、どこか共通した印象を受けました。

自然に触れるということは、我々が日々感じている心の雑念を小さきことと感じさせてくれる不思議な力があります。そして今を懸命に楽しく生きるエネルギーを与えてくれるように思います。
by yumitsui | 2010-06-19 23:35 | 雑感