霧の中から
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カテゴリ:歴史( 5 )
旧御射山祭
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旧御射山のお祭りは年2回行われています。1回は8月27日、そしてもう一回は9月27日。
実はお祭りを執行する主体がそれぞれ違うのですが、その辺りの事情は話せば長く、
私自身きちんと理解していないところもあるので、誤解を招かぬよう割愛させていただきます。

ともあれ、8月27日は現在の「本御射山神社」を正式に管理している宮司様と地主さんたちが執行し、
9月27日はかつての管理者であった、諏訪大社下社が執行しているお祭りと認識しています。
歴史的には8月末が御射山祭が行われてきた本来の日取りですが、
江戸時代に御射山社が里に下ろされて霧ヶ峰が旧御射山となってから、
諏訪大社さんは(8月は里のお祭りもあるので)一ヶ月遅れの9月27日に山へ登ってくるのです。

現在8月のお祭り(今年の様子)には多くの方が訪れて奉納演奏など盛大に行われるのに対し、
こちらは大社関係者と御射山の奉仕団体である古生会の方々のみで質素に静かに執り行われます。

例年なぜか、少し霧がかった幻想的な天気となることが多く、
深まる秋の風景とともに、御射山の長く華やかな歴史と
遺跡として残されている現在の姿を、寂しくも美しく、
ひしひしと物語るような時間が流れていました。
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いつもヒュッテ前でお清めを済ませてからきれいに整列し、厳かに神社へと向かって行進していきます。これが何とも心引き締まる。
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神事の様子は私自身参列してしまっているため写真はありません。
厳かな雰囲気の中で、写真を撮る気持ちにもならないのでー。
秋の霧ヶ峰へお出かけになるには、御射山祭にあわせての来訪もオススメですよ♪
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by yumitsui | 2015-10-01 18:04 | 歴史 | Comments(0)
お知らせ 8月27日は御射山祭です。
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早朝の旧御射山神社。
毎年この季節は祠に向かうと真正面から太陽が昇り神秘的です。

それもそのはず、来週8月27日には旧御射山神社にて恒例の御射山祭が行われます。
祠も自然や太陽を大切にして建てられたのかもしれませんね。

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御射山祭は8月27日午前中に行われ、一般の方のご見学も可能です!
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by yumitsui | 2012-08-20 12:25 | 歴史 | Comments(0)
御射山祭
今日、旧御射山神社にて御射山祭が行われました。
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なんとか天気にも恵まれ、祝詞の奏上や美しい音色の横笛が吹かれて質素で厳かな神事が行われました。祠の飾り付けや神事の道具には草原にたくさん出てきたススキの穂を使用しており、かつてススキを使用して小屋を立てたことから穂屋祭とも呼ばれていた御射山祭の伝統を感じさせました。
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神事が終わると宮司さんがこの祭が古くからどのようにして行われてきたのか、興味深いお話をしてくれました。
数日前にヒュッテに挨拶に来てくれたときに、「正しく事実を伝えていくこと」がとても大切なんですとおっしゃっていた宮司さん。今日のお話の中では、「御射山祭は狩猟神事である」ということがよくいわれるけれども、「より農耕的な意味合いを持った儀式」がたくさんあるのですと、諏訪大社の1年のイベントを挙げながら説明されていました。
もっとも諏訪大社下社の文献は非常に少なく、上社の記録や考古学的な推測からいろんな話が展開されているので言葉の選び方にも注意が必要なようです。私自身、御射山祭の説明をお客様にする際は狩猟がメインのお祭りだったとお話しすることが多く、きちんとした丁寧な説明が必要だと改めて思いました。

ちなみに狩猟が中心のお祭りであったということは伊藤富雄という方が著した「御射山祭の話」という本に書かれており、宮司さんもその本が全てですよとおっしゃっていたのですが、祭りの起源がそうしたものであったとしても、長い歴史の中でより農耕的な意味合いをこめたものへと性格を変えていったということは自然なことのようにも思います。とある神話を読み解く本では、諏訪大社の上社と下社のうち、もともと土着の民族だった守屋氏と諏訪氏が治めてきた上社には御頭祭や蛙狩神事などの狩猟的な神事がより多く残っており、後からこの地に入ってきたといわれる金刺氏の統治する下社には(農耕神であるアマテラス系の影響を受けて)遷座祭などの農耕的神事が多いと書かれています。先住民と全国平定を目指し後から来た民族との勢力争いやその後の歴史が、神話の物語を通じて紐解かれていくということです。

更には、御射山の発掘をしていた金井典美さんは湿原を「神の田んぼ」として神聖視する考え方がかなり古くから全国にあることを踏まえて、御射山祭における古代よりの農耕的な意味合いを推測しておられました。だんだん矛盾も出て整理がつかなくなってきますが、狩猟と農耕をまったく別の性格のものとして考えるのではなく、狩猟的な暮らしと農耕的な暮らしが古くから後世まで同時にあったとすれば、それは、様々な神事が同時に定着していった一つの背景なのかもしれません。

全ては未熟な知識と考古学的なロマンの中での話しに過ぎませんがご了承ください・・・。
そんなこんなでますます関心が膨らむばかりのこの場所に、これからも学びを重ねてまいりたいと思います。
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by yumitsui | 2011-08-27 20:14 | 歴史 | Comments(2)
8月27日  蓼科の土笛
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前回、八ヶ岳に登りながら、想いを重ねたのが明治の登山のことでした。

当時の様子が藤森栄一著、「蓼科の土笛」の中に描かれています。
「明治の登山は、ほとんど植物探検であった・・・」から始まる当時の様子。

明治30年頃から、東京や地元の学者たちがこぞって八ヶ岳を目指した時代
藤森栄一の言葉を借りるなら、″明治の強いロマンチシズム″の中で
風雨と闘いながら、未知の植物の発見を目指した人々の姿が描かれています。

自分が通った夏沢峠や硫黄岳も度々登場し
自分がいる場所に100年前も人が来ていたのだなーと思うと
また一段と登山が楽しくなります。

この本
霧ヶ峰の御射山のことや諏訪の歴史のことも色々描かれていて大変面白いです。
もう40年も前の本ですが、当時の著者が、そこからさらに半世紀、
そして太古の時代に想いを馳せているというのは不思議でもあり
いつの世も人の心は同じなんだなあ・・・と

こうした考古学的精神が強いのが諏訪なんですね。
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by yumitsui | 2010-08-27 10:39 | 歴史 | Comments(0)
6月15日  御射山神社
少し前になりますが・・・。

下諏訪町の武居入の山の中にある御射山神社に行ってきました。

霧ヶ峰のヒュッテの前にあるのは古くからの御射山神社で旧御射山神社と呼ばれています。
一方この武居入にあるのが現在の御射山社。

1500年代に下社の金刺氏が滅びたとき霧ヶ峰で行われていた盛大な御射山祭も衰退、その後江戸時代の
初めに現在の地に復興したのがこの(新)御射山神社と伝えられています。
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草原の霧ヶ峰とは対照的な立派な森の中。ブナの巨木などもあって自然に大きく包まれている感じがしました。
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こういう場所に立って、古くからの歴史に思いをはせてみると、色々な歴史的な出来事が決して遠くない過去のことのような気がしてきました。これまでここに来た方々も、これからここに来る方々も同じようなことを感じながら少しずつ時代は流れていくのですね。
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by yumitsui | 2010-06-15 23:57 | 歴史 | Comments(2)